山口修司の中辛鉄道コラム”ぶった斬り!!”

新進気鋭の交通評論家が、日常の鉄道ニュースに対し、独自の視点で鋭く切り込みます。

「私見卓見ー鉄道の持続可能性を高める方法 江戸川大学准教授(観光学)大塚良治 2020/9/28」の感想文

 

鉄道業界”非常事態”の軌跡と展望

「この未曾有の情勢と鉄道」(芝川三郎、鉄道ジャーナル 2020年7月号

長距離列車では人に移動と出会いを提供し、通勤列車では仕事や就学の機会を提供し、それをもってわが国の鉄道は社会の血液を自認してきた。ところが今は、動くな、会うな、一緒に働くなという要請がなされている。これでは鉄道の役割が死んだも同然であるが、同時に、人間を辞めろというに等しい事態である。

 

正直、新型コロナ禍で、どのような情報を発信すれば良いのか、かなり悩ましかった。
本稿では、今週の「週刊エコノミスト」での取り上げられ方を通して、鉄道業界がコロナ禍をどう乗り越えていけば良いのか、考えてみたい。

 

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よく知られているように、大手鉄道会社のメインの収入は通勤需要である。これがないと、正直、事業が成り立たないのである。電車は、ある程度は混んでくれないと困るのだ。
これが一気にテレワークになってしまった。今後の感染状況によっては、これが永続的に続くことも想定しないといけない。電車にもソーシャル・ディスタンスなどを適用したら、空気を運んでいるようなものである。激変緩和措置が必要である。地方鉄道の話ではない。鉄道の公共性に鑑みれば、公開大会社の大手私鉄と言えども、何らかの支援制度が必要になるかもしれないのだ。

 

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利用者にとっては、利便性・快適性を追求している”攻め”の姿勢が、裏目に出ている格好である。大規模プロジェクトを行っている企業ほど、市場の評価は厳しい。すぐに経営問題になることはないが、財務面で難しい舵取りを迫られるだろう。

 

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端的に言うと、JR東海は大丈夫なのか?という話である。JR東海は、「JR東海道新幹線株式会社」と言われるくらい、東海道新幹線の収入割合が大きい。実に9割近い。これが、コロナ禍で文字通りガラガラになってしまっている。その光景には凍えるほど寒気が走る。テレワークの普及によって、今までの営業出張が必ずしも必要でないばかりか、非効率であることが顕わになってきた。次に述べる、リニア建設の件もある。現在、最も動向が注視される問題である。

 

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この問題自体は、コロナ禍とは関係ないが、本当にリニアが必要なのか、プライシングに見合う需要は将来もあるのか、そもそも技術的に建設計画に無理はないのか、などが一般誌でも論じられるようになった。筆者などは「何を今更」と思うが、財投が3兆円も入っている。この流れを押し留めることはできるだろうか。

 

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キャッシュが入らないということは、黒字倒産の可能性があるということである。これを乗り切るには、短期資金供給をする必要がある。それを行うのは地銀ということになり、それを賄うための地銀債を買うのは日銀ということになる。ただでさえマーケットがじゃぶじゃぶの状態なのにさらにじゃぶじゃぶにして、どれほどの効果があるかは、筆者にはわからない。

さらに言えば、金額の大きさだけで物を見ると、問題の本質を見落とす。状況が緊迫しているのは、大手鉄道会社ではなく、むしろ地方鉄道であることに、想像を巡らせなければならない。

 

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そもそも、少子高齢化を見越して、小田急線など一部の例外を除き、通勤緩和のための投資は控えられてきた。東京都心の一部の路線の混雑が未だに放置されているのは、その理由による。しかしながら、将来数十年に渡って緩く考えていけばよかったものが、突然、今、根治策を考えなければいけなくなった。経営のことを抜きにして考えれば、全ての輸送サービスを、転換クロスシート(もしくは、セミクロスシート)にすれば良いだけなのだが、それには更なる投資が必要となるので、短期的なものとしては、何の対策にもならない。机上の空論である。

 

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この問題も、向こう2〜3年のうちに答えを出さなければいけないものだったが、そんな悠長なことは言っていられなくなった。キャッシュがないのだ。
筆者の解を述べれば、JR北は上下分離の上、公営に戻す(”上”が地方自治体、”下”が北海道とするのが適正だろう)しかないだろう。一方、JR四国に関して言えば、もう身売りするしかないだろう。外資に買い叩かれるかもしれないが、企業価値が乏しい以上、致し方ないだろう。しかしながら、これらは一夜にしてできるものではない。年単位の移行手続きが必要である。その間は、すでに述べたように、短期資金供給を受けてしのぐしかないだろう。

 

以上、経済誌を補助線に、今後の鉄道業界の展望を検証してみた。雑駁な内容になってしまい、申し訳ないです。

 

 

『緊急企画 新型コロナウイルスによる未曾有の危機に鉄道業界はいかにして立ち向かうか?』参加レポート

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参加・拝聴しましたが、賛同しかねる点が多すぎて、言葉を失いました。

JRHDなど、ありえない!!

なぜなら、国全体で、赤字路線の内部補助をすることになるのですから。それは旧国鉄の再来以外の何物でもありません。国鉄分割民営化の経緯を、ちょっとは勉強してくれ!!ちなみに、日銀が企業債務を買っているのは金融市場にキャッシュを供給するためであって、特定の企業を支援する財政政策ではありません。この国は社会主義国ではありませんので。

内部補助は、鉄道会社に限った話ではないので、一定の説得力を持ちますが、それは路線ネットワーク性という企業ブランドの向上に帰する場合であり、いわゆる”枝線”は廃止対象になることが多いのは周知の通りです。地域内補助ではなく全国的補助となれば、その基準は緩くなります。

「赤字を理由に廃止をするのは誤り」という考えは土木屋さんに多いですが、利用者負担の原則に基づけば、一定の合理性を持ちます。運賃収入とは、利用料金のことなのですから。

交通ユニバーサル税は、一聴の価値はあると思います。鉄道は独立採算で、クルマは走行費だけというのは、公平ではありません。まさに、そのような公正な政策が求めれていると思います。しかしながら、一般財源なら理解できますが、特別財源なら癒着利益の温床です。それが国鉄改革の大きな教訓です。

鉄道貨物の必要性に関して

みなさんご承知の通り、JR貨物は、線路維持費用のうち、限界費用(”アボイダブルコスト”)しか負担していません。貨物輸送のために鉄道路線を維持するのなら、適切な利用負担を顧客に求めるべきでしょう(トラック運送者は、高速道路の建設費を負担してはいませんから、国の物流政策がイコールフッティング論に基づくべきなのは、もちろんです)。しかし、それが相当難しいのも事実です。JR貨物の真貝康一社長は「線路利用料の仕組みがなくなれば、未来永劫、完全民営化(株式上場)などできない」と述べておられます。

小田急が京王と合併すべき!?

多摩地域における京王と小田急の競合が資源の無駄と言うのなら、規模の小さい地方交通マーケットにバスと鉄道の両方を維持するのは、それこそ供給過剰です。それで過当競争になっているなら、守勢の小田急が撤退すればいいだけ。市場原理に基づいた行動が簡単にできない法解釈こそ、改革する必要があるでしょう。その意味で、小田急多摩線延伸計画は理解に苦しみます。京王相模原線の橋本延伸で先手を取られてしまっていますから。

私は小田急ユーザーですが、多摩急行東京メトロ千代田線直通)の利用率がいまいちなので、普通の急行(新宿行き)あるいは通勤急行(同)になった経緯があります。オーソドックな経済学に基づけば、過当競争のデメリットよりも、寡占企業のリスクを懸念します。

下北沢駅の改札分離は、多分にこの街特有の駅前活性化策の性質を持ちます。利用者にとっては、甚だ不愉快な話ですが(なぜ、小田急が地下二層化という愚策を取ったのか、考えてみてください)。キセル防止策を言うなら、ゾーン運賃の整備などが根治策です。当事者が合併すればいいと言うのは乱暴ではないでしょうか。類似例は全国にあります。雑な対処療法でしかありません。

赤字路線をどうやって維持するか

JR北に関しては、上下分離で、JRは運行のみの担当に移行すべきでしょう。区域ごとに分割してもいいかもしれません。
JR四国に関しては、これはもう身売りするしかないと思います。あんなにじゃんじゃん高速道路を作ったら、鉄道の存在価値が低下するのは必然です。

銚子電鉄に関しては、鉄道という形態に拘泥する理由が、もはや見当たりません。線路を剥がして、BRTもしくはバス転換した方が合理的です。鉄道の強みは、あくまで大量高速輸送にあるのですから。こんなのだから、”鉄道マニア”は世間知らずだと、鉄道企業から白い眼で見られるのですよ。

みなし上下分離すらできないのなら、補助金で全部面倒を見るなんて、原理的にはもっとできないはずです。地方自治体の支援が期待できないなら、国に求めるというのは、地方分権に逆行します。本源的には、道州制の導入と財源移転による地域ごとの支援が解決策です。どこまで補填するかは、地域の交通実状に基づいた個別判断が妥当です。

(書き下ろし。本文は、予告なく加筆修正することがあります)

福知山線脱線事故から15年、これからすべきこと・もうすべきではないこと

今日で、JR福知山線脱線事故から、15年になります。

 

事故後10年(2015年)から、この間に起きたインシデントを取り立てて、「安全意識の徹底が不十分だ」と批判し、「安全対策に終わりはない」と締めくくるのが、マスコミの定番パターンになっています。
しかし、「安全対策に終わりはない」という言葉の意味を、真に理解しているのでしょうか。それは、「絶対の安全はない」ということの裏返しであり、それは即ち、ある程度のインシデントは、今後も起こり続けるということです。しかも、そのうちのいくつかは、セキュリティの隙間を潜り抜けるがごとく(これを、”スイスチーズモデル”と呼びます)、重大インシデントとして、表に出てきます。大事なのは、その重大インシデントを批判することではなく、それをアクシデントにしないために、インシデントのレベルで、確実に摘み取ることです。

 

今日は、事故原因についての技術的なことや、JR西の責任論については、もう議論しません。事故後10年の5年前の今日に、詳細に述べたので、これらに関してモヤっとしている方は、そちらをお読みくださいませ。

 

今後、まず変わるべきは、そのマスコミではないでしょうか。
本来、マスコミとは、一般人では読み解けないことを、専門家の叡智を繋ぎ合わせて、その本質を抜き出すことにあると考えます。では、この5年間、その役割を果たしてきたでしょうか。
今日の報道を見ても、いわゆる日勤教育批判や組織罰の議論を続けています。5年前と比べて、全く進歩していません。思考停止と言っても良いですが、その実相は「事故の風化を防げ」と言いつつも、4月25日以外は、きれいさっぱり忘れているということです。

 

マスコミのみなさんに問いたいです。何でもかんでも、関西大の安部誠治先生に聞くのは、もう止めませんか?私も直接お会いして、議論を交わしたことがありますが、安部誠治先生の本来のご専門は、公益事業論です。歴史的な経緯から、鉄道事故にコミットされるようになりましたが、とりわけ、技術的なことについては、ご専門の範囲外です。誠実な方なので、聞かれれば、答えてくれますが、必要以上の負担を安部誠治先生に求め続けていることになります。いつまでもそれを続けられるわけではありません。それは、マスコミの役割放棄ではないでしょうか。

 

鉄道アナリストの西上いつき氏は、「問題となった「日勤教育」鉄道会社のタテ社会は改善されたか?」と、今日のオンライン記事で問題提起をしていますが、程度の多少はあれ、組織は上意下達の性質を持ちます。極端な言い方をすれば、軍隊の性質を持つのです。ましてや、鉄道運行は、終わりのあるプロジェクトではなく、未来永劫続くオペレーションです。コンサルティング会社でのメンバーのチームワークとは、わけが違うのです。これを変革するというのなら、並大抵のことではできません。JR西のような、超巨大企業なら、尚更のことです。

 

その組織も変わり続けます。
JR西は、事故後に入社した社員の割合が、半数を超えました。罪の意識を当事者感覚として持ち続けろというのは、正直、無茶な話であり、それが社会正義にかなうとも思いません。
本来、そうなる前に、責任論については決着をつけるべきでしたが、極めて当然のことながら、事故当時の経営者の刑事責任については、不問となり、今でも事故のご遺族の中に不満が残ってしまっているままです。早期に民事責任のステージに移行すべきでしたが、刑事責任を問えるかもしれないという幻想を、メディア(特に在阪メディア)が撒いていたのであれば、それは唾棄すべきことです。

 

いわゆる、安全憲章のような経営トップの訓示は、実はあまり役に立たないことを、私は学位論文で立証しました(ご関心のある方は、私の公聴会資料をご覧ください)。事故現場の保存などで、理屈ではなく皮膚感覚として、社員に安全意識を植え付けることは、一定の効果を持つとは思いますが、果たしてどれほど、当事者意識を持たせることができるでしょうか。そこに拘泥することに、どれほどの事故抑止効果があるでしょうか。事故から15年経った今、鉄道の安全管理は、新たなステージに立つべきではないでしょうか。

 

【参照資料】

www.kobe-np.co.jpmainichi.jp

article.auone.jp

diamond.jp

www.slideshare.net

(書き下ろし)

京急脱線踏切事故について、現時点で言わなければならないこと

以降、随時追記します。

【速報】横浜シーサイドライン自動運転再開(8/31〜)

無人運転再開ではないです。順調にいけば9/6に、無人運転を再開できると、コメントあり。

#事故原因は、やっぱりハード(ケーブルの断線)とソフト(フェールセーフになってなかった)両方の問題だった。

逆走防止処置を全車両に施した。また、終端駅に非常停止ボタンを設置した。
運転本数の回復(増発)をする。

 

ー質疑応答(抜粋)ー
改造工事の安全確認を行い、年内には、運行本数を100%に戻したい。
自動運転に対する不安感・不信感を払拭するために、各方面と調整したため、時間がかかった。
被害者(負傷者)には、最終的には示談にできるようにする。
なぜ断線したかは、まだ国交省が調査中。

 

以上、たまたまNHKのサイトを見ていたら、会見中継を見た次第。
#どーでもいいけど、せっかくライブ中継しているんだから、記者配布資料を映せよ。
(速記に誤りがあれば、予告なく訂正します)

14年目の4.25に寄せて

お粗末なレポートである。

「安全最優先の列車運行において、事故は本来、絶対にあってはならないものだ」とは、”絶対の安全”を要求しているように読める。そんなものは、人間活動システムには存在しない。あくまで理念であり、”人災”だからと言って、現実に実現できるものではない。

 

福知山線脱線事故に関して、いわゆる”日勤教育”を持ち出しているが、事故後のお粗末なマスコミ報道の域を一歩も出ていない。著者本人が言っているではないか。「運転士が死亡している以上、日勤教育が事故原因とされる「速度超過」の引き金だったかどうかは証明できない」。14年間、何を取材していたのだ?評価は分かれる著作だとは思うが、松本創氏の『軌道 福知山線脱線事故JR西日本を変えた闘い』は、一読に値する。

 

信楽高原鉄道列車衝突事故に関しては、これは刑事訴訟で検察側の敗北で終わっている。その後、泥沼の民事訴訟になったことは周知の通り。訴訟のテーブルで批判できないからといって、半ば感情論でアバウトにJR西を批判するのは、在阪メディアが”平成”の間、犯してきた愚である。それは、平成で終わりにして欲しい。

 

新幹線の事件に関しては、これはテロである。改札でメタルチェックをすべきという意見もあるが、では、他の化学テロなどはどう防ぐのかという話になってしまう。危機管理的には、全く別の領域であり、福知山線脱線事故と比する話ではない。

 

日比谷線中目黒駅脱線事故に至っては、これは組織事故ではなく、技術事故であり、その原因も極めて特定困難なものである。わかったことは、車輪にかかる応力(輪重)のバランスが、左右の車輪で取れているように保全しないといけないということであった。人災ではない。

 

本文中、何度か「専門家」という言葉を持ち出しているが、鉄道事故の専門家はそう多くはいない。実名を出して欲しい。そうでなければ、反証もできない。どのくらい「列車事故を取材した」のか知らないが、お粗末な記事と言わざるを得ない。

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