山口修司の中辛鉄道コラム”ぶった斬り!!”

新進気鋭の交通評論家が、日常の鉄道ニュースに対し、独自の視点で鋭く切り込みます。

事故原因は、システム工学が設計思想になかったからでは?

今回の中国高速鉄道の衝突事故に関して、中国当局に対する「隠蔽体質」等の政治的な指摘は控える。また、中国の急速な経済成長に対して斜に構え「いつか事故が起きると思っていた」「これからも事故は続発するだろう」等の訳知り顔の議論をするつもりも一切ない。ただ、今回の事故前に中国系メディアが「日本の新幹線だって事故は多い、寛容になろう」と主張したのに対し、「トラブル続きなのは、各技術をintegrateするシステム工学を持たずに世界各国から技術をつぎはぎしたことが原因。高速技術の肝要を勘違いしている限り、トラブルは収束しないだろう。」と7月14日に私はtwitter投稿をしていた。誤解を招きかねないにも関わらずこのことを取り上げたのは、今回の大事故は全く同じことが原因にあると現時点で推測しているからである。
 
日本の新幹線は戦前からの技術の蓄積の産物であるから、「技術の本質とは何かを認識せずに形だけ真似してもうまくいかない」(大前研一氏)「所与の条件をしっかり知っている、それ故にそれを直せる、使える、運用できる人間がいなければならない。おそらくそれをしっかりと運用できる人間は少ない」(伊藤洋一氏)という指摘は、確かに正しいだろう。だが、それは一番重要なファクターではないように思える。今回の事故原因には「情報システムの欠陥」「運転指令の人為ミス」などが報道されているが、それは表面的な視点だと考える。確かに、発生事象としては正しいだろう。しかし、日本やヨーロッパの高速鉄道では、このような事態は技術的に起こり得ない。高速鉄道は車内信号方式であるというのは常識だが、テレビ報道を見ても解るとおり、中国の高速鉄道では信号機がついている。その保安システムは、ヨーロッパのETCSをベースに“独自開発”したCTCSである(曽根悟工学院大教授)が、ETCSはもちろん車内信号方式である。高速専用区間に信号機はない。まさに「形作って魂入れず」の様相である。即ち“システム工学”の視点が抜け落ちている。
 
システム工学は一般にNASAスペースシャトル開発が起源だとされているが、我が国の東海道新幹線でも、システム工学の思想を持っていた(『新幹線をつくった男 島秀雄物語』高橋団吉著)。島技師長の考えは「起こりうるあらゆる条件を考慮して、もっとも合理的な“体系”を作りあげる」(引用符著者)ことであったという。即ち、土木・電気・車両を有機的に統括・制御する、システム工学の思想が設計に盛り込まれなければならない。今回の事故要因の一つとされるCTC(列車自動制御装置)はその要である。したがって、これが何らかの事態により機能しなくなれば、それは輸送システム全体の危険を意味する。とりわけ、高速鉄道の場合は即座に全列車を止めなければならない。というか、動かすことができないようになっている。これが安全工学の分野でよくいわれる「フェールセーフ」(ひとつのシステムや装置が故障・損壊(=フェール)したとき、危険な状態にならない(=セーフ)ようにシステム自体を設計しておくこと)の考え方であり、日本の鉄道における安全管理の基本哲学である。CTCが電源喪失したにも関わらず、列車の制御を自動から手動に切り替えたという“人為ミス”が発生したのは、この「フェールセーフ」の考え方が、システム設計に盛り込まれていなかったことを意味する。人為ミス・人材育成以前の問題である。
 
この「高速鉄道は、システム工学によって作られる」という点を認識しない限り、いくら当局が“調査”しても今回の事故の〈本質〉を捉えることはできないに違いない。日本の鉄道会社が新幹線技術の海外からの受注合戦において、“パッケージ”としてしか提案しない理由はこの点にある。再発防止には、根本的に輸送システム全体を作り替えることが必須である。線路上に信号機があるようではお話にならない。それまでは高速鉄道の営業自体を休止すべきであり、暫定運行をするのは人命軽視と言われてもしかたないだろう。