山口修司の中辛鉄道コラム”ぶった斬り!!”

新進気鋭の交通評論家が、日常の鉄道ニュースに対し、独自の視点で鋭く切り込みます。

JR北海道 ”完全上下分離”で組織再構築を

北海道新聞「JRが今やるべきことは明白だ」

メスを入れるべき組織の病巣がどこにあるか、見当はつくだろう。 安全軽視の背筋が寒くなる実態を許してきたのは本社のずさんな管理体制だ。 安全最優先の組織で人心の荒廃が進んでいると言うしかない。

9月29日付社説より抜粋)

何を根拠に“病巣”の“見当”を、“本社”の、つまり経営者側の“管理体制”の“ずさんさ”につけたのか、”人心の荒廃”とはインタビューでも取ったのか、 “現場の”「人員と資材不足」という”声”だけが根拠だとしたら、それこそ“ずさんな”分析である。「レールのデータ、社内で共有ルールなし」*1 「現場の独自判断で枕木交換していた」*2,*3等、インフラ設備管理の驚愕の実態は、“ずさんな管理体制”ゆえなのか、それとも現場と経営側の力関係が逆転しているゆえ本社が機能不全に陥っているからなのか、その両方なのか。頭から決めつけることは危険である。

「組織、体質の問題で極めて悪質」菅官房長官発言の真意

組織体質/風土・企業体質/風土という言葉は、企業の不祥事を批判する際に頻用されるが、実は学問的な定義はない。つまり、この言葉が発せられた時は、眉に唾を付けた方がいい。タイトルの菅官房長官の発言には、真意があるという。“政府関係者”によれば、「あの菅長官の発言はJR北海道の異常な労使関係を念頭に置いたもの」という。“政府関係者”というのは、マスコミ業界での隠語で、でっちあげの記事ではない証左である*4。菅官房長官が念頭に置いたとされるJR北海道の労使関係は、週刊文春週刊新潮のそれぞれの10月10日号に詳しい。両誌によれば、社員の8割以上が所属する北海道旅客鉄道労働組合(以下、北鉄労)では、「彼ら(注:北鉄労)は組合員に、我々、他組合の人間とは『職場で会ってもあいさつするな、談笑するな』と指導している」*5という。太田昭宏国交相は4日午前の閣議後会見で「鉄道では各現場の確実な意思疎通が重要だが、JR北海道は監査の結果、不十分だと明らかになった」と述べている*6が、このような職場で、“確実な意思疎通”などできるわけがない。言うまでもなく、鉄道は、走行車両・軌道・信号保安システム、それら等を支えるヒト・モノ・カネで構成されるシステムである。システムの要素間での意思疎通に不全が生じれば、システム全体の安全運行は覚束なくなる。

毎日新聞によれば、今年1〜2月、JR北海道は社員に対し「働きがい」についてアンケートした結果、「経営理念への共感」「変革への行動、当事者意識」といった項目が、”他の会社の平均と比べて極端に低かった”*7毎日新聞は「会社が「安全重視」を打ち出しても、現場はしらけている」と批判するが、現場と経営側の力関係が逆転しているとすれば、当然の結果ではないだろうか。このような実態が、経営幹部の首をすげ替えるだけで解決するはずが無い。根本的に企業形態を見直す必要がある。

「「新幹線開通で何とかなる」と道民の多くは信じている」*8

鉄道の路線ごとの収支採算は、どの事業者でも明らかにされていないが、週刊東洋経済の独自試算によれば,千歳線以外は全て赤字である。道民はそれを薄々分かっており、だからこそ北海道新幹線開業での“一発逆転”に望みをつないでいるのではないだろうか。だが、単純に札幌まで新幹線を引くだけでは、状況の打開にはならない(このことについては、別稿の5で詳しく論じたので、そちらをお読み戴きたい)。

JR北海道を含むJR三社が、鉄業事業としてはマイナスの価値しか持たないのは、国鉄分割民営化の初めから分かっていたことであり、「会社の金欠状態」を安部誠治関西大教授*9ハフィントンポストに今更指摘されるまでもない、事情通にとっての常識である。

現場と経営陣とのコミュニケーション不全、即ち、どこにいくら(何を)必要とすべきなのか、明確な情報共有がされていない。このJR北海道の現状を打開するには、上下分離政策を行うべきである(“上下分離”については、稿末で解説する)。また、現場と会社側のコミュニケーション不全・相互不信を鑑みれば、会計上のみの上下分離だけではなく、企業構造を根本から変える、完全上下分離が望ましい。完全上下分離は、分社化された複数のインフラ会社が情報共有できず、安全運行に支障をきたすリスクがある*10が、幸いにしてか、JR北海道は非電化区間が殆どである。行政単位も北海道のみである。理想的には道州制の導入が先立つべきであろうが、インフラ会社は北海道営の単一会社にできる。残りの列車運行のみを現在のJR北海道にする。JR北海道の鉄道事業内容は大きく変わる。否応なく組織の変容が必要になる。

JR北海道の一連の不祥事で、観光や事業への安定継続にまで懸念が出ている*11。決して実体経済が良いとは言えない北海道にとって、観光産業への打撃は避けなければならない。JR北海道は、100%国が株式を保有している。今回の問題は、国が三島問題の答えを出す時だ、という啓示と捉えるべきではないだろうか。

 

***上下分離について***

鉄道の経営形態は、主に3つある。 1) 列車運行とインフラ設備管理を同一の企業が行う形態 日本ではこの形態が殆どであるが、海外ではそのケースはむしろ珍しい。 2) 列車運行とインフラ設備管理を別々の会社が担う “完全上下分離” 鉄道というインフラを、特定の運行会社に限定しないせずに解放する形態である。 3)会計上の上下分離 経営形態は、会計上は列車運行とインフラ設備管理を分離するが、営業活動としては同一の経営体として運営する*12。 それぞれに、メリット・デメリットがある。

*1:10月16日 読売新聞

*2:10月16日 読売新聞

*3:10月15日 朝日新聞

*4:自民国土交通部会では、労組との関連問う声相次いだという。10月09日 産經新聞

*5:週刊新潮 10月10日号

*6:10月04日 産經新聞

*7:10月10日 毎日新聞

*8:鉄道専門誌でのこの投稿は、今回の問題が明るみになる前に寄稿されたものである。

*9:安部氏の研究業績は、こちらから。

*10:イギリスでは、この結果、レール破断事故を起こしてしまったという実例がある。

*11:日本経済新聞9月26日

*12:技術的に容易に想像が付くが、インフラ設備の管理は、それを利用する列車の形態に依存する。例えば、高速鉄道を運行するとなると、レールは重軌条のものが必要となるし、レールの整備もよりシビアなものが求められる。夜間に貨物列車を運行するとなれば、保線作業のスケジュールにも影響する。