山口修司の中辛鉄道コラム”ぶった斬り!!”

新進気鋭の交通評論家が、日常の鉄道ニュースに対し、独自の視点で鋭く切り込みます。

ホーム転落死亡事故は、ホームドアがあれば防げた。しかしながら…

視覚障害者の方が線路に転落し、電車にはねられて死亡するという大変痛ましい事故が起きてしまいました。視覚障害者のホームからの転落事故は年70件以上、発生しているといいます。これの防止策は、ホームドアを設置することです。100%完全に、このような事故を防ぐことができます。転落事故だけでなく、飛び込み自殺も完全に防ぐことができます。

では、なぜ鉄道会社はホームドアの設置をなかなか進めないのでしょうか?
例によって、鉄道会社が利益追求に走るあまり、利用者の安全をないがしろにしているのでしょうか?
そうではありません。
ホームドアの設置が進まない理由は、1)技術的理由と2)費用的理由、の2つがあります。

1)技術的理由
ホームドア自体の基本的な技術は、既に完成しています。したがって、一部の路線や駅ではホームドアが設置されています。では、なぜそれ以上の普及が難しいかというと、列車によって、扉の位置がバラバラだからです。ホームドアが設置されている路線では、すべての型番の車両の扉が同じ位置にあります。しかし、車両によって、3つドアだったり4つドアだったりする路線では、現在設置されているようなホームドアの導入はできません。
これを解決するため、ホームドア自体が動くような設備の研究が進んでいます。また、ドアではなく、上下にロープを上げ下げする設備の研究も進んでいます。これらは、普通のホームドアに比べると安全性は落ちますが、それでもあるのとないのとでは、安全性に天地雲泥の差があります。これらの設備はまだ研究段階であり、また、それ以外の技術的問題もあります。

2)費用的理由
あまりピンとこないでしょうが、整備新幹線1本作るのに、大体数千億円かかると言われています。これに比すと、数百億円単位のホームドアの設置は、鉄道会社にとってはあまり現実的ではないことがお分かり頂けると思います。これでは整備が進まないので、国交相補助金制度があります(国交省資料)。緊急度の高い路線から順番に導入していくことになるので、例えば首都圏(関東圏)でホームドアの設置が完了するのは、かなり先の話になります。
(例えば、私がいつも使っている小田急線では、土地買収に失敗した下北沢駅のホームが極狭になってしまっているのですが、今のところ、ホームドアの設置計画はありません)

ホームドアの設置は、この二つの点をクリアしないと前に進まないので、それまでは、ハード面ではなく、ソフト面で対応するしかありません。単純に配置人員は増やせられません。視覚障害者の方に言わせると、ホームドアのない駅を歩くのは、欄干のない橋を渡るようなものだと言います。みんなで知恵を絞る必要がああります。

【参照資料】
読売新聞 2016年8月19日社説
産経新聞 2016年8月19日社説
転落事故のホーム 視覚障害者が危険性を検証(NHK8月19日)
視覚障害者協会が転落防止策を提言へ 「こういう駅こそホームドアを」(読売新聞8月19日)

他、鉄道専門誌など

【その後のメディア報道】
東京メトロのホームドア導入はなぜ路線によって格差があるのか?(産経新聞8月28日)
JR東、新型ホームドアを試験導入へ=軽量化、設備コスト半額(時事通信9月7日)
ホームドア設置補助を増額 障害者転落事故受け政府方針(東京新聞9月8日)
「ホームドア設置急いで」 日盲連、転落事故受け、石井啓一国交相に駅安全強化要請(産経新聞9月16日) 

山口修司V.S.永瀬和彦@交通ビジネス塾

昨晩、ライトレール社主催の鉄道勉強会に参加してきました。今回の講師は、鉄道事故研究の第一人者に近い永瀬和彦KIT客員教授。私は、修士論文で、福知山線脱線事故を研究動機とした、組織事故防止のためのリスクマネジメントを研究していたので、いつか直接お会いして、いろいろお聞きしたいと思っていた方でした。昨日の議論を復元すると、単位レポートが書けちゃうので、できるだけ簡潔に。

私が事前に提出した質問は以下の通りでした。

福知山線脱線事故について
1.事故調査委員会が最終報告書で示唆した、事故原因といわゆる”日勤教育”との因果関係について。
2.メディアの成熟度について。例えば、「過密ダイヤ」「軽量化アルミ車両」「余裕時分」に対する誤解のありようについて
3.組織罰など、事故の責任論について。

【永瀬先生の見解】
1.死亡した運転士が大幅なスピード超過をした理由
死亡した運転士はオーバーランを連発しており、相当なスピードマニアだった?(メディアで言われているような、定時運行のプレッシャーによるものではない!)←こればかりは断言されていました。
事故調のレポートは捏造された、いんちきレポートと言って良い。

2.マスコミの言っていることはめちゃくちゃ。
運転時間の余裕は事故現場の塚口ー尼崎間で45秒あり、かなり余裕があった。裁判でも認定されている。
→ダイヤの余裕に関するメディアの見解は、明確な誤りである。

なんでマスコミ・新聞がめちゃくちゃなことをいうかというと、事実を書いても駅での売り上げが減ってしまうので、デスクや社会部長(かなりトップに近い方)が認めない。キヨスクで記事が見やすい配置をしているので、JRの悪口を書けば売れる。←参加者から同様の意見あり。

3.責任論
刑事責任を受けないからといって、現場の声をきかない、いい加減な経営者はほとんどいないのではないか。刑事責任以上に、社会的な制裁を受ける。それがJR・大手の経営陣の実体では?

私の最新見解は、外部ブログに書いてあります。ご関心のある方は、そちらもご覧ください。

ベビーカー引きずり事故、焦点はこれだ。

一昨日起きた、東京メトロ半蔵門線のベビーカー引きずり事故について、昨日の朝日と今日の産経に詳しい記事が出ています。一歩間違えれば、大惨事になっていたので、この事故の原因は徹底究明されるべきですが、私は、ドアの異物検知度を上げるべきという意見には賛同しかねます。検知度を上げれば、今回のようなケースは防げますが、本来であれば、ドアの再開閉の必要がない時にもセンサーが反応してしまい、定時運行の妨げになります。

「何よりも、安全を優先してほしい」とは、よくあるナイーブな言説ですが、定時運行は、事故防止のための基本です。特に、日本の鉄道のように、大量高速輸送する路線では、定時運行することが、トラブルを起こすリスクを低減するのに有効な基本的手立てなのです。

 

さて、この事故で一番問題なのは、車掌が「非常ブレーキを使うのをためらった」と述べていることです。誤解して戴きたくないのは、この車掌を人格点検するようなことを主張しているのではないことです。何が原因で、そのような判断(「ためらう」)に至ったのか、車掌にできるだけ正確・詳細に話してもらう必要があります。東京メトロは、事故後「厳正に処分する」とコメントしていますが、もっとも優先されることは、事故原因の解明であり、処分を恐れて、車掌が本当のことを話さなくなるようなことは、避けなければなりません。アメリカなどでは、重大事故の当事者に対し、供述と引き換えに刑事免責する仕組みがあります。正直に全てを話してもらい、事故原因を解明するためです。2005年の福知山線脱線事故で明るみになった、いわゆる〈日勤教育〉が頭をよぎったのは、私だけでしょうか。非常ブレーキを躊躇なくかけられるように、対策を講じてほしいと思います。 

北海道新幹線の確実な赤字とJR北海道の解体可能性

東洋経済オンラインが、鉄道専門誌である「鉄道ジャーナル」と連携し始めて久しいですが、今月19日発売の鉄道ジャーナル国鉄改革 まもなく30年」なる特集記事の抜粋版(”「並行在来線」が将来直面する深刻な問題ー人材と財源不足で"第2の国鉄改革"必要か”)が、昨日のことで恐縮ですが、アップされました。国鉄改革について議論すると、分厚い書籍が何冊もできてしまうので、(例えば、「未完の国鉄改革」「なせばなる民営化」「国鉄改革」(下写真参考)など)稿末から引用しましょう。

新幹線網が今後も拡充して並行在来線がますます増え、その維持が政策への依存度を強めるほど、国の支出は増す。あたかも新たな国有鉄道が誕生するようなものである。それが負担で耐えられなくなったとき、地方のローカル線から整理されていくという第二の国鉄改革というべきシナリオが再現され始めている。

本当に望まれる鉄道や交通システムはそのような姿なのか、持続可能な形にするには何を取捨選択するか、これから否が応でも議論せざるをえない。作った分の負担は増える――。その自明の理を改めて問う必要性が、整備新幹線並行在来線によって露呈してきたと考えられる。

はっきり申し上げると、そんなことは20年前から分かっていたことで、(例えば、先日鬼籍に入られた、交通評論家の角本良平氏は、90年代からこの議論をしており、『JRは2020年に存在するか』(2001年出版)という著作まであります)もともと赤字でしかも単線の路線に、余計に手のかかる複線(新幹線)を追加したら、全体として赤字が膨らむのは、中学生でもわかることです。昨年開業した北陸新幹線が好調なため、目が霞みがちですが、並行在来線の負担は基本的に税金です。これを運賃上乗せで対処したとしても、問題の根本は解決しません。負担者が納税者か利用者かの違いでしかないからです。今週土曜日に開通予定の北海道新幹線は、新幹線ですら赤字と見込まれています。(「北海道新幹線の平均乗車率はたったの25%!?」という記事が今日リリースされています)なぜ、課題山積のJR北海道が、赤字確実の新たな投資に乗ったかといえば、”並行在来線の経営分離”というマジックで、営業赤字幅が圧縮できるからにすぎません。既に遅すぎる感はありますが、”作った分の負担は増える――。その自明の理を改めて問う”ということを、国民的議論の俎上に乗せましょう。国鉄だけではなく、日本の鉄道全体が破綻する前に。

JR北海道解体論序説

今日の日経の地域総合面は、JR北海道についての記事でした。

悲願の新幹線秒読み JR北海道、苦しむ在来線
老朽化深刻、減便・廃線へ

専門家に聞く、事業の選択と集中が不可欠

結論から申しますと、JR北海道は、列車の運行に専念する運営会社とし、線路の整備などのハード面は経営分離した上で、地元自治体の北海道が直接経営するべきです。新幹線ですら赤字なのです。これは札幌に延伸しても同じです(「なんとかなる」というのは幻想です)。JR北海道の中で黒字なのは、道都札幌周辺を走る千歳線だけで、あとは全部赤字です。鉄道事業として成り立つ地域ではありません。鉄道は本来、大量輸送に適したモジュールだからです。まさに、「集中と選択」で、はっきり言うと、特急の走らない路線は、すべてバスに転換すべきです。

では、なぜJR北海道を作ったかと云えば、超赤字の国鉄改革をするには分割民営化しか手がなかったからです。(これについては、『未完の国鉄改革』『国鉄改革の真実』(いずれも葛西敬之JR東海代表取締役著)などを参照)民営化直後は、分割民営化した7社のうち、JR東日本だけでも黒字になれば、と思われていたのです。つまり、現在のスキームは永続的なものではなく、将来の見直しは想定の範囲内でした。紙幅の都合もあるので、より詳細な議論は、私の2年前の記事をお読みいただければと思います。東洋経済オンラインに転載されている、鉄道ジャーナルの記事も参考になります。

長崎新幹線、そこまでして造りたいか!?

九州新幹線長崎ルート長崎新幹線)は、トラブル続きのフリーゲージトレイン(FGT)計画を先送りし、新幹線と在来線を乗り継ぐ「リレー方式」で予定通り2022年度までに開業させる方向になった。

とは、今朝の朝日新聞デジタル

長崎新幹線、22年度開業堅持へ 途中乗り換え方式か

とも

現行の在来線特急からの時短効果はわずか10分程度というから、嗤うしかありません。そんな短時間は、ダイヤの組みようで、如何様にも相殺されてしまうからです。10分程度の時間短縮のために、1000億円単位の投資をするなど、馬鹿げています。

FGTをあきらめたくない国、早期開業にこだわる長崎県、負担増を警戒する佐賀県

3者の利害が絡み合った末の苦肉の策

といいます。はっきり申し上げますが、FGTは、そんな簡単に実用化はできません。10年単位の月日が必要です。何しろ、車両運行の要である車軸にイノベーションの手を入れようというのです。そのような破壊的な技術を安全に実用化するのに、たった数年の開発延長で済むはずがありません。

また、「長崎新幹線は「全線フル規格」で進めるべき」との梅原淳氏(鉄道ジャーナリスト)の意見には、賛同できません。長崎本線の特急は、途中多くの駅に停車します。ノンストップで時短効果の威力を発揮するフル企画の新幹線は、長崎本線には向かないのです。ましてや、途中に在来線を挟んでの整備となると、ますます新幹線の整備に疑問符がつきます。整備新幹線は、在来線の経営分離や、沿線都市間の格差拡大など、マイナスの面もあります。とにかく開業時期を死守する姿勢は、目が眩んでいるとしか言いようがありません。

北陸新幹線延伸は、湖西ルート以外、”ありえない”

今日の日経朝刊は、経済面トップが整備新幹線の記事です。
北陸新幹線延伸 5案乱立 JR西、小浜・京都ルート提示 利害巡り綱引き必至

鉄道ネタが日経紙面のトップになるのはかなり珍しいことなので、できるだけ簡潔に解説します。相変わらず、「新幹線は地域振興の起爆剤」と思われているようで、とても嘆かわしいです。新幹線は、高速鉄道計画ですから、速達性が何よりも重要です。

他のこと(経済効果、〈地方創生〉)などは、二の次三の次。米原ルートと湖西ルート以外は、この大原則に従えば、即座に破棄されるべきことは、小学生でもわかります。小浜経由ルートがなぜ最短ルートになるのかは、からくりがあるようです。舞鶴経由ルート(”西田氏案”)に至っては、苦笑するしかありません。何のために新幹線を建設するのか、西田昌司氏は目的を取り違えていると言わざるを得ません。

ちなみに、北陸ー関西間は、新幹線かと錯覚するほどの高速列車(特急「サンダーバード」)が運行されています。途中経由する琵琶湖の西側を走る湖西線は、全線が高架でカーブも少ない優良路線です。これは、湖西線が、新幹線に準ずる機能を発揮できるように建設された路線だからです。北陸ー関西間で高速鉄道を整備するなら、湖西線を活用すべきなのです。

速達性では米原ルートという手もあるのですが、現状の東海道新幹線に、他の路線の便を走らせる輸送容量の余裕は全くありません。したがって、新幹線を作るなら(そもそもこの前提も要検証なのですが)、湖西線を新幹線も走れるようにし、その他の区間を新規路線として建設すべきです。「横風が走行の妨げ」? そんなの、防風壁を設置すれば済む話です。

【ちなみに…】
整備新幹線問題に関して、ご関心のある方は、以下拙稿をお読みください。古い記事ですが、問題の本質は全く変わっていません。

「東北新幹線新青森開業に寄せて」(2010、長文注意)

【2.3追記記事】
北陸新幹線の延伸ルート、「小浜-京都ルートなら湖西線は並行在来線を検討」滋賀県知事

【2.4追記記事】
北陸新幹線、「関空まで」延伸要望 関経連、検討委で